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Fellatio Destination
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クローネンバーグ版「コズモポリス」は町工場の隅に積もる鉄埃か?
金がない。
衣食住には困っていないが、決定的に足りていない。
具体的にいえば、車や家を買う金が無いのだ。
なにも部屋数が多くトイレや風呂が2つある家を求めているわけではない、
慎ましく自分と妻と将来的に子供の3人が暮らせるような場所が欲しい。
車も燃費が良くて走ればなんでもいい。ただ軽自動車は体型的にしんどいから無理だ。

もし一生、一人で生きていく覚悟さえあれば年収なんて200万あれば十分。お釣りが出るくらいだ。
自分が本当に欲しいものなんてたかが知れてる。本と映画のブルーレイディスクと酒くらい。
食事はピザかマクドナルドがいい。
あまった金で中古のバイクを買えれば満足。
ゲームもたまにはいいかもしれない。友人と楽しめるゲームなら尚のこといい。
出世なんて関係ないから定時に退社し、安いレンタルビデオ屋で映画を借りて帰る。
発泡酒でも飲みながら借りてきた映画を見て、つまらなければそのまま眠る。
そんな人生も選べたはずだ。

しかし、無理だった。
常にセックスしたいし、「ロッキー ザ・ファイナル」のスタローンのように
我が子に「お前は世界一の人間になる!」と言ってあげたくなったのだ。
家も車も買えないような人間には贅沢な望みだったのだろうか。
好きでもない仕事だけど自分なりに一生懸命こなしているつもりだし、
人に迷惑をかけないように気をつけて生きてきた結果、金が無い。
これが20代ならまだ仕方ないと思えるかもしれないが、もう今年で33歳だ。
35年ローンを組めれば68歳で完済。それでも買えるような家やマンションは無いのだ。
実家で親と同居は論外。親も妻も反対している。
どうすればいいのか?方法はわからない。
ただ金さえあればと、もはや形而上の答えがグルグル回るのみ。

そもそも金に関して大きな勘違をしていた。
中学・高校と周りを見渡せば自分よりも貧乏に見える奴が多く、
「あ、俺の方が上だ」と勝手に中産階級気取りになっていた。
これが大きな間違い。いわゆるドングリの背比べ。
貧乏人同士が比べ合う、乞食合戦に勝った気でいたのだった。

そんなことばかり考えているせいか、最近は映画を観ていてもイマイチ楽しめない。
「キャビン」のような金持ちが出てこない映画はいいが、少しでも金持ちが出てくる映画だと
「それに比べ俺は…」と妻と子供に懺悔したい気分に襲われ、映画みてる場合じゃないだろ!
と焦って見るのを止めてしまう病気になってしまった。
そんな状態でもクローネンバーグ先生の映画が公開されるとなれば行かないわけにもいかず、
「コズモポリス」を観てきたわけである。

何度読んでも意味がわからないドン・デリーロの「コズモポリス」の映画化。
「映画化不可能!!」というキャッチコピーはCG技術の進化により、もはや陳腐な表現に落ちたけど、
「コズモポリス」を読んだ人なら本当にそう思ったはずだ。別の意味で。
とにかく観念的な会話が延々と続き、何を考えているのか理解しがたい登場人物の動きを追う形で
進む小説は、非没入感満載で正直言って読んでいてイライラした。
こんなものを映画にして面白いのか?という疑問が当然のようにあったが、
クローネンバーグ先生が監督なら何かあるのかもしれない。と、騙されたふりをして観た。
前作の「危険なメソッド」を観てわかっていたはずだけど、「コズモポリス」を観て再確認した。
もうバーグ先生は頭が爆発するような映画は撮らないのだと。

ロバート・パティンソン演じる若くして大富豪になったワンダーボーイが、最新技術を詰め込んだリムジン
の中で観念的な会話をしつつ破滅に向かう内容は原作とほぼ同じ。
違うのは原作では暴落するのが円だったが、映画は元。世相を反映している。
全てに飽きているような主人公が破滅に向かう道程をみっちりねっちょり描いているのが、
バーグ先生らしいといえばらしいが、面白いわけではない。
全てを手に入れ尚全てを求めるパティンソン君の演技は掴みどころのないルックスと相まって、
なかなか良い感じ仕上がっている。
投機会社を経営していると思われる若きウォール街の勝者である主人公は何もかもに飽きている。
その生の実感に乏しい佇まいが魅力的でもある。
主人公がやたらとセックスするのは身体的な感覚を通して自分が存在していることを確認したいからだろう。

「ホステル2」で金持ちたちが人を殺してオーラを身に纏いたいという理由で、拷問殺人に興じていたが
「コズモポリス」のこの主人公はそれさえもとっくに飽きていると思わせる怖さがある。
パイをぶつけられた後、運転手を射殺する主人公には躊躇も興奮もなにも無い。
いつもの退屈な表情を見せるだけで、新しい運転手が次の場面には登場するのだ。
唯一主人公が笑顔を見せるのは銃弾が横切り自分の命が狙われているのだと実感した時だけ。
嬉々とした表情で自分を狙うポール・ジオマッティのいるビルへ向かうシーンがこの映画で一番清々しい。
そしてまたブランケット症候群のジオマッティとよくわからない会話を繰り広げ、決定的な破滅を向かえる。

エアガンを買ったら自分を撃って痛みを感じてみたいと思ったことありませんか?
僕はあります。実際に撃ったこともあります。
痛かったです。けっこう腫れました。
罰ゲームで悲惨なめ合っている人を少し羨ましいと思ったことはないでしょうか?
僕はあります。どんな痛みなのだろうか、味わってみたいなと。
「ジャッカス」なんて羨ましい限りですからね。
こう書くと、M男だ!キモい!と勘違いされそうなので、弁明しますが
ちゃんと顔射が好きですし、露出物など女性を辱めるものも好みですよ。
ただ、未知な体験に憧れを抱いているだけで身体の痛みは新しい体験として手っ取り早いわけです。

パティンソン君も自分の手を銃で撃ち抜ぬくが、前後の文脈と繋がりは感じられない。
そうしてみたかっただけ。そんな感じがするシーンだ。
そしてハワード・シュアの死の門を叩くような見事な音楽が徐々に大きくなり、観客の緊張を
最後の最後で高めつつエンドクレジットに突入する。
誰もが思うはずだ「頭撃ち抜いて脳髄ぶちまけるところみせろよ!バカヤロー!」と。
「ヒストリー・オブ・バイオレンス」を撮った後バーグ先生は
「暴力の結果を見せなければ娯楽になる。それは暴力ではない」みたいなこと言ってたのにな~。
もうおじいちゃんだからなのかな~。

この映画の一番の見所は、大きな目を模したカラスよけの如き禍々しい乳輪女性を拝むことが出来るシーン。
乳輪の大きな黒い円がどこか空っぽなこの映画の空虚な穴の部分をよく表しているようで、
不穏な空気によく似合ったグッド乳輪だった。
巨万の富を手にした主人公の孤独や厭世感に共感できるようなホリエモン感覚の持ち主が
世界には少なかったことがこの映画がヒットしなかった要因の一つだが、
目的の無い金儲けは寂しいなと経済的負け犬の立場から思える、幸せとはなにか?を
問う不変的な内容の映画だとも言える。

資本主義や神話やセックスやら意味深なセリフが洪水のように垂れ流され、破滅に向かう男を描くこの映画。
まるでアメリカンニューシネマを90年代のノリで撮ったかのようなクローネンバーグでなければ途中で
唾を吐いて劇場を立ち去るような映画。
しかし、金のことばかり考えている今の自分にはグッときた。
大借金を背負い込もうが、六畳一間で暮らそうが結局は同じこと。
肉体があるかぎり破滅へ向かう意思はさけられないからだ。
そう思うと心が軽くなりました。なんてのは大嘘だが、妻や子供のためなんて綺麗ごとではなく、
現状で自分がどう暮らしていきたいのかを考えるきっかけにはなった。


クローネンバーグ先生の次の映画は「Maps to the Stars」
ヴィゴ・モーテンセンが復活し、パティンソン君とレイチェル・ワイズも出るらしい。
ハリウッドの暗部を描く内容になるようだが…つまんなさそうだ…。
でも日本で公開するなら絶対に観に行くだろう。
単純に面白いかつまらないかではなく「危険なメソッド」と「コズモポリス」で、さらに能動的に何かを
探す必要を迫ってきたクローネンバーグ映画だからこそお金を使う価値があると思う。

コズモポリス













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