FC2ブログ
Fellatio Destination
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
劇場鑑賞レポ「アイアンマン3」
アメコミヒーロー映画といえば、皆さんは何を思い浮かべるだろうか。70年代であれば、ジョン・ウィリアムスの勇ましい音楽をバックに拳を突き上げる「スーパーマン」。80年代であればプリンスのテーマソングと共に夜霧の立ち込める湿った暗い街の中を異形の車で疾走する「バットマン」。90年代に入るとCGの発達によりアメコミという題材に技術が追いつき、表現の幅はグッと広がる。角刈りサングラスの黒人が吸血鬼どもをバッタバッタと斬り捨てる「ブレイド」、悪魔との取引で地獄から舞い戻るダークヒーロー「スポーン」など多種多様だ。
ちなみに私の90年代アメコミ映画といえば「ミュータント・ニンジャ・タートルズ」だ。タートルズはアニメも放映され、当時の小学生全員に人気があった!というわけではないが、少なくとも私と友達数人は熱狂的にタートルズを信仰していた。用もないのに祖母の家へ足しげく通い、少額ずつもらう小遣いをためてミケランジェロ(オレンジ帯のタートルズ。ヌンチャク使いで食いしん坊。タートルズといえばピザっていうのはそもそもコイツのイメージ)のアクションフィギュアを買ったのを今でも覚えている。まあ、この作品はCGの発達により云々といったアメコミ映画の系譜とは全く違うところに位置にしているが、90年代はこうした子ども向けの作品から、完全に大人向けのダークな世界観のものまで、内容云々はともかく振り幅が広く、多くの作品が作られた時期。この極端でカオスな時期を経たからこそ、子どもから大人も楽しめる2000年代以降のアメコミ映画へとつながったのだと思う。
00年代からは記憶も新しく「X-MEN」「ファンタステッィック・フォー」「スパイダーマン」クリストファー・ノーラン版「バットマン」など、今アメコミ映画といって、このあたりを思い浮かべる人も多いのではないだろうか。
この中でも最もエポックメイキングであり、最も大きな功罪を抱えているのが「スパイダーマン」だと私は思っている。それまで、スパイダーマンといえば、バイク乗りで、鉄十字軍と戦うためにモジモジくんのような格好をしてビルを這い上がる日本人であり、お世辞にも格好良いとは言い難かったのに、いつしかスパイダーマンはそんな私の昭和的記憶の隙間を高速ですり抜け、世界で一番格好良いアメコミヒーローとなってしまった。って、それが本来の姿か。
スパイダーマンが画期的だったのは、ライド感溢れる映像表現だけでなく、ヒーローとしての苦悩を等身大で描いた点にあり、それまでの単純明快な勧善懲悪ものから新たな切り口を提示したという部分では、大きく評価されてしかるべきだが、この「ヒーローの苦悩」こそが、後のアメコミ映画に影響を与えすぎてしまっているのは大きな問題だ。
その影響とアンチテーゼを両方合わせ持った困ったシリーズがクリストファー・ノーラン版バットマン、いわゆる「ダークナイト」シリーズなわけだが、その件についてまで私のつたない駄文で語っても仕方がないので、やめておく。
とにかく、スパイダーマン以降のアメコミ映画は「ヒーローとしての苦悩」「アイデンティティーの崩壊」という、湿っぽく暗い話になりがちで、それ自体が嫌いとかアメコミのテーマに沿っていないとは勿論言わないが、スパイダーマンとダークナイトでひとつの到達点をみたのだから、それ以降同じような切り口のものを見せられても正直食傷気味だ。だったら、私は「POW!」というカラッと爽快感ある映画を観たいと思うし、アイアンマンがここまで人々に受け入れられ、スパイダーマン不在のアベンジャーズにおいて実質的センターの座を射止めることができたのも、そうしたアメコミヒーローとしての現状最も正しいあり方をトニー・スタークというキャラクターで見事に表現して見せたからではないか。そういう意味では、今年公開のザック・スナイダー版スーパーマン「マン・オブ・スティール」もアイデンティティやリアリズムの病理に蝕まれているのではないかと大いに心配している。
そうした不安が、今回の「アイアンマン3」にもあった。予告編はどうにもダークナイトを意識した感じだし、「アベンジャーズ以降PTSDに悩まされるアイアンマンことトニー・スターク社長は、、」みたいな筋にもかなり懐疑的だった。そのせいで、私は普段なら観たい映画は公開週に馳せ参じるのだが、今回は3週遅れでやっと劇場に足を運んだ。
結果から言う。これが私の観たかったアイアンマンだ。あえてディテールについては触れないが、心配していたアイデンティティの崩壊問題も、確かに物語のテーマではあるが、湿っぽくなりすぎず、トニ・スタークというキャラクターのバランスをきちんとおさえながら、クライマックスの伏線としてもしっかり機能させている。
「アイアンマン、そしてトニー・スタークとは何なのか?」というアイデンティティへの問いが、140分間の旅を経て、ひとつの答えに辿り着き、それが観客(少なくとも私)の観たいものと合致し、ワクワクさせてくれる。決して「隙のない完璧な映画」というような映画ではないが、こんなに幸福な映画体験は中々ない。
リブートや、メタ志向に走りがちな2010年代のアメコミヒーロー映画の潮流において、アイアンマンは3作目にして一本筋の通った現在進行形の王道アメコミヒーロー映画の確固たる位置を築いた。
この幸福な旅を是非、劇場で味わって頂きたい。
スポンサーサイト
[PR]

[PR]

コメント
コメントの投稿
URL:
本文:
パスワード:
非公開コメント: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
トラックバック URL
トラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。